基調講演
第2言語の文構造の獲得—日本語学習者の文理解のメカニズム
Acquisition of L2 (second language) sentence structure: Mechanism of sentence understanding by learners of the Japanese language
講師
- 玉岡 賀津雄(名古屋大学大学院国際言語文化研究科教授)
- Katsuo Tamaoka, Ph.D. (Professor, Graduate School of Languages and Cultures, Nagoya University)
概要
言語理解のプロセスを解明するのに語順は重要な手がかりとなる。日本語は,語順の制約が柔軟な言語であり,正順語順(canonical order)はSOV[主語・目的語・動詞]であるが,OSVのかき混ぜ語 順(scrambled order)をつくることもできる。日本語母語話者を対象とした実験では,かき混ぜ語順は正順語順より文処理により長い時間を要することが分かっている。これは,スクランブル効果(scrambling effects)と呼ばれている。 この特性を使って,Tamaoka, Sakai, Kawahara, Miyaoka, Lim, and Koizumi (2005)は,意味役割(thematic roles),格助詞(case particles),文法機能(grammatical functions)の どれが語順を決める普遍的な情報であるかを検討した。能動文,受動文,可能文を用いて正順およびかき混ぜ語順の文正誤判断課題を実施した。その結果,すべての文の正順語順を満足しうる情報を提供できたのは文法機能だけであった。日本語母語話者は,文法機能を手がかりに正順語順の文の基底構造(base structure)を作っていることが実証された。
それでは,日本語を母語としない第2言語学習者は,日本語母語話者と同様に日本語の文を処理しているのだろうか。仮に異なるとすれば,日本語学習者の母語の正順語順の影響を受けるのであろうか。そこで,日本語学習者を対象とした日本語の文処理実験の結果を紹介しながら,第2言語における日本語の文構造の獲得過程について考える。
中国語を母語とする上級レベルの日本語学習者を対象とした正順語順とかき混ぜ語順の文処理実験(玉岡, 2005; 玉岡・邱・宮岡・木山, 2010)によると,中国人日本語学習者は, 能動文について,正順語順をかき混ぜ語順より迅速かつ正確に処理できた。しかし,格助詞と文法機能で基本語順の予測が異なる可能文(例えば,「花子にピアノが弾けるだろうか。」) では,正順語順とかき混ぜ語順の 処理時間に有意な違いは見られず,むしろ大きな個人差が観察された。学習者の処理方略から,格助詞で判断している群,文法機能を理解している群,両者ともに理解していない群の3つに分けられた。また,玉岡・邱・宮岡・木山(2010)では,聴解テストの能力で分けた上位・中位・下位の3群で,音声提示の正順語順の理解は徐々に伸びるのに対して,かき混ぜ語順では上位群になるまで理解が伸びないことを示した。さらに,日本語と正順語順が同じSOVである韓国語を母語とする日本語学習者と中国語母語話者とを比較した最近の研究(Tamaoka & Kiyama, in preparation; 大和・玉岡,2011)も紹介して,母語の影響を議論する。